真矢みき
小档案 真矢 みき(まや みき、1964年1月31日 - )は元宝塚歌劇団花組トップスターの女優。 本名:西島 美季(にしじま みき)、旧姓:佐藤(さとう)。広島市西区南観音町生まれ、大阪府豊中市育ち。ブルーミングエージェンシー所属。豊中市立第二中学校卒業。1979年に宝塚音楽学校に入学。 小简介 父親の転勤で中学校卒業まで8回転居した。「日舞を習いたい」と中学時代から宝塚コドモアテネに通う。 大地真央への憧れから1979年に宝塚音楽学校に入学。1981年には、67期生として宝塚歌劇団に入団。同期は女優の北原遥子(元娘役スター、日本航空123便墜落事故で死去)、黒木瞳(1982年から1985年まで月組娘役トップスター)、涼風真世(1991年から1993年まで月組トップスター)。毬藻えり(1989年から1992年まで星組娘役トップスター)、演劇プロデューサー、活弁士、日本舞踊講師の幸風イレネ(現・イレネ飯田)がいる。現役では専科の梨花ますみがいる。 初舞台当初から注目を集め、歴代花組トップスターに勝るも劣らぬ個性派スターとしての道を歩み、特に1992年 - 1995年は2番手ながらトップとほぼ同等な扱いを受け、芝居・ショーともに活躍。安寿ミラとの男役同士のコンビは当時呼び物となった。1995年では安寿の退団により『エデンの東』で花組トップスターに就任。相手役は純名里沙。純名の退団後は千ほさち(現・森ほさち)を相手役に迎えた。 1998年10月5日に退団。長髪のヘアスタイルやナチュラルな舞台メイク、独特の着こなしや、退団直前につんく♂プロデュースによる日本武道館でのソロコンサートの開催、篠山紀信撮影による写真集の出版など、宝塚に新しい風を積極的に吹きこみヅカの革命児とまで言われた。 身長166cm。特技は歌、ダンス、日舞、バトン、作詞。趣味は旅行、絵。 宝塚音楽学校での成績は同期39人中で37位だった[4]。そのため、インタビューなどで自らのことを「劣等生」と語っている。 2008年7月1日にブログでバレエダンサーの西島千博と結婚することを発表した。また、同年12月22日に入籍していたことが明らかになり[5]、2009年4月4日、明治神宮で挙式。 2009年には第20回日本ジュエリーベストドレッサー賞を受賞。